2025/11/22 19:26
冬が近づくと、空気の色が少しずつ変わっていきます。葉を落とした木々はその輪郭をくっきりと浮かび上がらせ、冷たい風が街の隅々に澄んだ音を運んでいく。
夜は長く、朝は静か。
景色に余白が生まれ、心の底にある小さな気配が聞こえてくるようになる。
そんな季節には、深い味わいのコーヒーが飲みたくなります。
真冬の定番となった深煎りのブレンド「JIN」。
毎年この時期になると、「仁はいつからですか?」と問い合わせをいただくようになりました。
最初は期間限定のつもりだったものが、気づけば冬の風景の一部のように定着していく。
その経緯を振り返ると、コーヒーというのは本当に“人の時間と寄り添う飲み物”なのだと実感します。
■ 古い記憶の奥から戻ってきた「仁」という文字
このブレンドの物語は、私が二十歳だった頃にまでさかのぼります。
大学で「中国哲学」を専攻していた時期がありました。
当時は哲学を深く理解していたわけではなく、不真面目な学生でした。
毎日「白文」とよばれる漢文に向き合い、それを解読する毎日。
哲学を深く勉強しているというよりはひたすら漢文を解読する日々じゃん、、そんな毎日でした。
そんな中、「仁・義・礼・智・信」と中国の古い考え方には5つの徳がある、そんなことを学んだのです。
二十年以上が経ち、まったく別の仕事をし、まったく別の環境に身を置くようになった頃─
その古い言葉が、突然、今の自分を支える言葉として戻ってきたのです。
きっかけは、コロナ禍でした。
街は静かになり、人との距離は遠くなり、
どこへ向かえばいいのか分からない不安な空気が生活を覆っていたあの頃。
焙煎というのは、ひとりで向き合う時間が長い仕事です。
それ自体は嫌いではないのです。
また、そのころはこういった社会情勢の変化の中、
「自分と向き合う時間」の価値が再認識されていた時期でもあります。
そんな中、やはり自分と向き合った「先」の事を考えるようになりました。
やはり、自分の事を大切にすることも大切だけど、
自分の心を整えたうえで、関わりのある人とどのような関係性を繋いでいくのか?
そんなことを大事にしていきたいな、そう思うようになったのです。
「仁愛の心」
大学の当時、色んな書物の「仁」という言葉を講義で教授が伝えてました。
君主たるもの「仁」の心が大切だと。
その時は何を言っているか分かっていないというか、
「どうせ君主(つまり偉い人)が、国をどう治めるかっていう話でしょ、自分には関係ない」
そんなくらいにしか思っていなかった言葉。
そんなくらいにしか思っていなかった言葉。
ところが長い時を経て
今の自分に戻ってきたのです。
■“仁”という言葉が持つ温度
“仁”は、ただの優しさではありません。
儒家の中でも、最も大切で、最も難しい徳と言われています。
人と向き合いながらも、自分の弱さをごまかさず、
相手の痛みに耳を澄ませながら、自分の尊厳も保つ。
やわらかさと強さが一緒になって、ひとつの温度をつくる。
冬という季節は、不思議とこの言葉とよく馴染みます。
寒さに触れると、人は無意識に心を守ろうとし、少し内側へと閉じていく。
それ自体は悪いことではない。
けれど、閉じたまま固まってしまうと、心は縮んでしまう。
だからこそ、内に向かいながらも
“他者を思う方向へ、ほんの少し気持ちを開く”
そのきっかけとして「仁」という言葉が必要だったのだと思います。
そして、この哲学が「JIN」というブレンドのテーマになりました。
■ 深煎りで描く“慈しみの強さ”
JINは、当店のブレンドの中でも最も深い焙煎度です。
使っている豆は、
- グアテマラ/エル・インヘルト ブルボン(WASHED)
- ブラジル/カケンジ イエローブルボン(NATURAL)
- コロンビア(深煎り)
エル・インヘルトは世界的にも評価の高い農園。
深煎りにしても、芯が残り、厚みが崩れない。
そこにブラジルの甘みと、コロンビアの柔らかなコクを重ねました。
味わいは、
ダークカカオ、フルボディの赤ワイン、やさしいビター感。
深いのに、重過ぎない。
強いのに、刺さらない。
しっかりしているのに、どこか丸みを残している。
低温でしっとり淹れると、
このブレンドが持つ“静かな強さ”がまっすぐに立ち上がります。
ひと口飲むたびに、心の底のほうがじわりと温まるような──そんな一杯です。
■ だれかへ向かうと向かうブレンド

ひとりで飲んでもじんわり沁みる。
でも、それで終わらず、
“その温度をだれかに渡したくなる”。
それがJINの特徴です。
コロナ禍の孤独な時間から生まれたブレンドが、
今はこうして誰かと誰かをつなぐ一杯になっている。
それを思うと、言葉にできない静かな喜びがあります。
■ コーヒーは、心の形をやさしく映し出す
コーヒーというのは、味だけでなく“心の状態”にもそっと触れる飲み物です。
強くなりたい日には、頼もしさを。
落ち着きたい日には、静けさを。
誰かを思う日には、あたたかさを。
飲む人の心に合わせて、少しずつ姿を変える。
だからこそ、JINという名がしっくりくるのだと思います。
■ 最後に -この冬も、心の奥に小さな灯りを
二十歳の頃に出会い、
長い時間をかけて忘れ、
そして必要になったタイミングで戻ってきた言葉「仁」。
この言葉が、私の人生の中で
コーヒーという形を与えられたことは、偶然ではないのかもしれません。
人は、ときに内側に閉じ、
またあるときは誰かに向かって開く。
その両方を行き来しながら生きている。
JINは、その動きのどちらにもそっと寄り添う一杯です。
どうかこの冬、
あなたの心の奥に小さな灯りがともりますように。
そしてその灯りが、身近な誰かの温度へとつながっていきますように。
ブレンド「JIN」。
今年もどうぞよろしくお願いいたします。



