2026/02/28 21:54

当店のラインナップにおいて、特別な意味を持つロット。
現地へ足を運び、カッピングテーブルの上で数あるサンプルの中から「これだ」と確信し、直接買い付けを決めた豆だけにつけた称号、それが「蒼印(そうじるし)」です。

2025年2月。
中米ニカラグアの地に立っていました。
乾いた風と強い日差し、そして巻き上がる土埃。
50年に一度とも言われる経済的な困難に直面しているこの国で、生産者たちは何を考え、どんなコーヒーを作っているのか。

今回の旅のハイライトの一つは、間違いなくこの豆との出会いでした。
ニカラグアの名門、ミエリッヒ・ファミリー(Mierisch Family)が誇る「リモンシージョ農園」のジャバニカ。 かつて世界を驚かせた彼らの代名詞とも言えるこの品種を、現地のドライミルで、彼らの次世代を担うフロントマン、エルウィンJr.氏と共にカッピングし、その場で買い付けを決めた一品です。



しばらくの間、当店の浅煎りラインナップの顔として皆様にお届けするこのコーヒーについて、
その背景にあるストーリーを少しだけ長く語らせてください。


ミエリッヒ・ドライミルにて
2025.2.27 旅の2日目。
私たちはミエリッヒ・ファミリーが所有するドライミル(乾燥・精製施設)を訪れました。
広大なパティオ(乾燥場)には、収穫されたばかりのパーチメントが整然と並べられ、さんさんと太陽の光を浴びています。

笑顔で迎えてくれたのは、ミエリッヒ家の若きリーダー、エルウィンJr.氏でした。
彼らのファミリーは、ニカラグアにおけるスペシャルティコーヒーの先駆者であり、COE(カップ・オブ・エクセレンス)の歴史そのものと言っても過言ではありません。

案内されたカッピングルームには、今年の収穫の中から選りすぐりの20ロットが並べられていました。
静寂の中、スプーンでコーヒーを啜る音だけが響きます。

その中で、ひと際輝きを放っていたのが、今回の「ジャバニカ」でした。
蒼では長年扱ってきたこの豆ですが、改めて複雑で唯一無二なフレーバーを客観的に味わいました。
口に含んだ瞬間、他の豆とは明らかに違う「複雑さ(Structure)」を感じます。
単に酸っぱいだけでも、甘いだけでもない。
オレンジのような明るい果実感の中に、アーモンドのような丸みのある甘さが共存し、それらが複雑に絡み合いながら、長く心地よい余韻へと続いていく。

「やっぱりジャバニカおもしろい」
エルウィンと並んでカッピングをし、言葉を交わす中で、この豆に対する彼らの自信と愛着を肌で感じました。 「このジャバニカは、僕たちの歴史そのものだから」 


復活の品種「ジャバニカ」とミエリッヒの哲学
そもそも「ジャバニカ」とは何か。 これには少しドラマチックな背景があります。

起源はエチオピアのロングベリー種。
かつて中米に持ち込まれた際、「生産性が低い」という理由で見捨てられかけ、歴史の闇に埋もれそうになっていた品種です。 しかし、2001年。ミエリッヒ家はこの品種のポテンシャルを信じ、リモンシージョ農園で復活させました。 そして2008年のCOEでリモンシージョのジャバニカが見事2位を受賞したことで、その名は世界に轟くことになります。

今回、彼らが管理するドライミルを視察して驚かされたのは、その徹底した管理体制でした。
まるで「庭園」。 特に印象的だったのが「剪定(Pruning)」への考え方でした。 「10年育った木でも、生産性が落ちれば切る」 「エクステッドメンテ」と呼ばれる手法で、横枝を大胆に切り落とす。

一見、木が痩せてしまったようにも見えます。
しかし、残された枝の葉のツヤ、新芽の勢いを見ると、その意図が分かります。
古い枝に無駄な栄養を使わせず、必要な部分にエネルギーを集中させる。
「ジャバニカ」という繊細な品種が、リモンシージョでこれほど力強いフレーバーを発揮できるのは、この科学的かつ冷徹なまでの管理があるからこそなのです。

「梨」の味がするミューシレージ
今回のロットの精製方法は「パルプドナチュラル」。
果肉を剥いだ後、種にまとわりついている粘液質(ミューシレージ)を残したまま乾燥させる方法です。

現地で、パルピング(果肉除去)された直後の豆についたミューシレージを舐めさせてもらいました。
最初は恐る恐るでしたが、実際口に含んだら衝撃的でした。
「...梨だ。」 コーヒーのチェリーというと「さくらんぼ」をイメージする方が多いですが、このミューシレージの甘みは、驚くほど「梨(Pear)」に似ていたのです。 瑞々しく、透明感があり、そして優しい甘さ。

この糖分が、乾燥工程を経て豆に染み込み、焙煎のプロセスで熱が入ることで、あの「シロップのような質感」や「オレンジのような風味」へと変化していく。 今回お届けするカップにある「複雑で柔らかい口当たり」の正体は、まさにこの現地のミューシレージの味そのものです。

「50年に一度」の危機と、一本の道路
しかし、美しい話ばかりではありません。
今回の視察では、ニカラグアが直面している「50年に一度」と言われる厳しい現実も目の当たりにしました。

世界的なインフレと人件費の高騰。
そして深刻な労働力不足。 他の産業や海外へ人が流出し、コーヒー収穫の担い手であるピッカーが集まらないのです。 「サングレ・デ・トロ(牛の血の色)」と呼ばれる完熟の実が目の前にあるのに、それを摘む人がいない。収穫できずに腐らせてしまうリスクと、生産者たちは常に隣り合わせで戦っています。

そんなギリギリの状況下でも、ミエリッヒ・ファミリーは品質を諦めていませんでした。
それどころか、コストもリスクも高い「パルプドナチュラル」のような精製にあえて挑んでいます。
雨も多く、他の生産国にくらべ標高も低いこの地域で果肉を残して乾燥させることは、カビや発酵過多のリスクを伴います。 それでもやる。
それは、「この土地でしか出せないフレーバー(付加価値)」を作り出し、生き残るための、彼らなりの「覚悟」の表れなのです。

日本とニカラグアの絆を感じるエピソードがありました。
かつて、生産エリアからドライミルまでは悪路で24時間もかかっていました。
しかし今回、その移動時間はなんと「30分」に短縮されていたのです。
その背景にあったのは、日本のODA(政府開発援助)による道路整備でした。

収穫後のチェリーにとって、輸送時間は命です。時間がかかれば「意図せぬ」発酵が勝手に進み、品質は劣化します。 24時間が30分になったこと。この劇的な短縮が、今回のジャバニカの「透明感(クリーンカップ)」に直結しています。 私たちが美味しいコーヒーを飲める背景には、生産者の努力だけでなく、こうした国を超えたインフラの支えもあったのです。


エルウィンJr.氏と握手を交わし、このジャバニカを日本へ持ち帰ることを約束したあの日。
ドライミルの熱気と、彼らの情熱は今も鮮明に覚えています。

ニカラグア マタガルパ リモンシージョ ジャバニカ。

今回の「蒼印」は、単に味が良いというだけではありません。
50年に一度の危機という逆境の中で、伝統を守りつつ革新を恐れない生産者の「強さ」と「プライド」が詰まった一杯です。

オレンジのような果実感、アーモンドのような甘さ、そして梨のような瑞々しさ。
浅煎りでお届けしますが、ただ軽いだけではない、芯のある「構造」をぜひ感じてください。
ぜひ、ニカラグアの風を感じてみてください。